· 

娘が、学校行かなくなった! まさか、不登校の母になるとは・・

娘は中学校1年生の1月から不登校になりました。

卒業式も行っていません。

 

高校に行けたのは、中学校の校長先生が、色々な私立の高校に直接出向き「この子は自分が悪くて不登校になったんじゃないんです。学校のせいです。」と事情を説明し、受け入れてくれる学校を校長先生が自ら探してくれて入学できました。

 

入学後も、友達関係の付き合い方が中学校一年生のまま成長が止まっているので、本人はかなり苦労はあったと思います。

 

不登校になってから過敏性大腸炎になり、大変な中高時代を過ごしていました。

 

不登校になると子供は、家庭の中にいられるけれど、母親は大変です。

 

圧は全て家庭の中。

特に母親にぶつかってくる。

子供を守る母親の気持ちは、霞のかかった生活の中を歩いている気持ちでした。

不登校のお子さんがいると、母親に重圧になってしまいます。

 

私は、色のある人生を普通に歩んでいましたが、不登校の母親になった時に、世界がグレーに変わりました。

今でも、はっきりと覚えています。

庭の色がグレーにしか見えなくなったんです。

そして、ご飯の味がしなくなりました。 

 

娘は娘で行けない事に対する申し訳なさで生きている。 だから、明るくしてあげなければ。 がんばらないと!!!自分が何とかしなければ!!! でも、空回りする気持ちで娘がいない部屋で声を殺して泣いていた日々。

 

誰にも言えない気持ち。 相談先も無い。 どこに言えば良いのだろうか? 話した所で、共感はもらえる事は無い。 この人なら気持ちを聞いてくれると話しても 意味のない「大丈夫だよ!」の言葉にため息が出る。 本当に、本当に、苦しかった。 子供との向き合い方、これで良いのだろうか? 経験者の話として、子供の話はネットでも目にする事はあったが、その当時は、不登校の母親の話を聞く機会はほぼありませんでした。

 

そして、私が水戸でサロンを始めた時に、不登校のお母さんが息抜きのお茶のみに来てくれれば良いなと思っていました。

 

思い切って、近くの学校に不登校のお母さんの気晴らしにと案内を持って行ったが、現実化しませんでした。

 

広告も出していない、HPもない、知り合いの紹介のみの自宅サロンだから断られて当たり前だったけれど、もし、あの苦しい時に、自分の思いを聞いてくれて共感させてくれるせる場所があったらどんなに救われただろうか。。。

 

今はダメでも、いつか現実化したいと思っていました。

 

そしてついに、親子の根底の思いを現実することができました。

 

 続きは次回のブログで♪